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出逢い、其の2

私は医療法人北病院の医療社会事業部にケースワーカー見習いではいりました。

 

当事は話題性の多い医療法人で全国的に有名で本に雑誌にのる珍しい病院でした。

 

今でこそ、当たり前のディケアや訪問看護に難病研究に職業病治療、又、予防医療としての体操教室、訪問検診と40年前に行っていた、いわゆる先端を行く医療機関でした。

 

私は、開業医から委託されたお宅に医師と看護師と私の三人で出向いて今後の訪問予定を作成する事が仕事でした。

 

初めて出向いて先はMさんといってリウマチで車椅子生活を余儀なくされた方でした。

 

不思議なもので、直ぐに意気投合してしまい、時々、直に電話をかけてくださります。

 

彼の歴史はリウマチの病との闘いでした。

 

私に若かりし頃の話をしてくれました。

 

当事、私が20代そこそこわMさんは30代の前半。一回り近い年の差です。親しくなればなるほど彼の辛さがみに染みてきます。

 

母親と妹の三人で、父親は若くして他界されたそうです。

 

彼の病状の為に医療機関のありとあやゆるところ訪ねてみても望みなく、占い師やら神だしの霊能力者迄訪ねて歩いたそうです。

 

私の勤務する病院は左寄りの共産系でしたので患者に宗教関係の話はご法度でした。

 

しかし、M氏は私に芸能界や執筆界の方々が通われる藤原先生を紹介してくれたのです。

 

何でもハッキリと言われたので吹っ切れたと言っていました。

 

内容は次の様です。「今更ながら、その病は治らんよ。むしろ、残された人生をどう生きるかだ、カルマを変えるのは至難の技来世でお助け申すぞよ」

 

そう言って下さったので母親共々、残され時間が大切なので精一杯 生きる道を選んだそうです。

 

その先生を紹介してくれたのです。


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